曖昧さを仕事に残すことの大切さ

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

曖昧とは、はっきりしないことやぼやけていること。また、不確かなことであることを指します。

 

特にビジネスなどにおいて曖昧さは致命的なトラブルを生み、できるだけそぎ落とすような傾向にあります。

しかし、一方でその曖昧さを完全に失くしてしまうことも良くないと言われているのです。

 

曖昧さを残すことについて色々な角度から調べてみたいと思います。

Sponsored Link

曖昧=悪なのか?

 

そもそも曖昧であるということは悪いことなのでしょうか?

これには日本とその他の諸外国との歴史にも関連があるように思います。

 

日本においては

「口は災いのもと」

というようなことわざもあるように、発言・主張することが必ずしも良いとは限らないとされています。

 

できることならば上司の意見を立てつつ、発言を控えて穏便に済ませたいという意識が会議等でも見受けられ、どうしても意見をしなければならない時には慎重かつ曖昧さを残すというわけです。

 

一方、海外においては

発言することは自身の立場や権利を向上させる為の手段としての認識が古くからあり、曖昧さは大敵であるとされてきました。

 

そんな中現代のビジネスモデルは海外を参考としたものが多く、グローバルに展開する上で曖昧さを残すということは、あまりマッチしていないということになります。

 

つまりは、この働き方の移り変わりによって曖昧さは悪であるという風潮が高まってきているように感じます。

 

そういえば最近コンプライアンスだとかスクラップアンドビルドとかブラッシュアップとか・・やたらと横文字を並べたがりますよね。

 

Sponsored Link

曖昧のメリット・デメリット

 

さて、曖昧にすることはどのような影響を及ぼすのでしょうか?メリットとデメリットを挙げてみます。

 

メリット

・あえて答えを出さないことで新しい可能性を見出す

 1+1の答えは2であって、それ以外はありません。

ですが、もしも1+1の答えが2で無かったとしたら、一体いくつになるのだろう?と様々な考えや議論がそこに生まれると思いませんか?

答えがあることだけが全てではないということですね。

 

・人間らしさを欠如しない

 正確さを追及していくと、マニュアル化・合理化・効率化が進み、最終的には機械化に行きつきます。

近頃はスーパーのレジもセルフレジで機械が処理するようになりました。

 

曖昧さがあるということは人間らしさでもあるということで、100か0だけでは片づけることができない世の中において必要であるということになります。

 

・本質は曖昧の中にある場合もある

 これは非常に思考を深く巡らせる必要がある難しい話なんですが

曖昧さは新しい可能性を生み、本質は実はそこにあった。とかいう話です。

 

例えば料理でいうとメニューのレシピをあえてざっくりとしておくことで、新たな閃きやより良いものが出来上がったとしたら、曖昧にしておくことが料理の本質かもしれませんね。

 

あるいは車のブレーキにあそびがあることで、徐々に利かせることができ、運転を快適にし、急ブレーキにならないようにしている。

 

運転の本質とはその快適さと事故の防止を追求することにあり

あえて曖昧という幅をもたせることが、その物事の本質であった・・とか。

 

いや、すいません本質って何なんでしょうね。これで合ってるのでしょうか・・

 

デメリット

・仕事において大きなトラブルの一因になる

 「まぁまぁ・・」や「そのうち・・」や「できれば・・」などという曖昧な表現は時に大きなトラブルの原因になります。

 

 極端な例ではありますが、注文した商品がおおよそ2000円だとして、実際に確定した額が6000円だったとなると、これは問題になりますよね。

しかし曖昧さは常にこういう問題をはらんでいます。

 

 ・合理化・効率化の阻害

一律にやることが統一されていればマニュアル化して、効率的に業務をこなすことができます。

しかし、曖昧さを残すと担当者ごとに若干の違いが生まれ判断は現場の責任者に委ねられることになります。

よって対応にその都度時間を要し、合理化や効率化をはかることが難しくなります。

 

 ・問題がぼやけて結論が先延ばしになる

 課題を曖昧にしておくということは、解決を先延ばしにすることになるので会議等でも時間の無駄となることも多々あります。

明確な答えを求められる時に、曖昧にしてしまうことは信用性を失うことにもなりかねません。

 

Sponsored Link

仕事上での曖昧は職種によって向き不向きがある

 

曖昧さもあってはいいと言うものの、職種によって適しているかそうでないかはあります。

ざっくり自分の中で以下のようになります。

 

× 金融機関系

原則1円たりとも計算を間違ってはいけないが、ローン審査とかでは多少の忖度があってもいいと思う。(個人的に)

 

△ 公務員系

古い体質であり、現状維持であったり、慎重さが求められる。

既定路線を無視した大胆な行動は時に疎まれ、出る杭は打たれる状態になることも。

 

〇 デザイナー系

創造力をフルに生かした職業であり、普通では思いつかない発想が評価される世界でもある。

正解・マニュアルなどは存在せず、これまでの固定概念を消し去るような何かを追求していく職業。

 

曖昧というものにおおらかな世界とそうでない世界があるので、100か0ではなくそのあたりは調整しながら勤めていく必要がありますね。

 

曖昧さを受け入れるということ

曖昧を排除することよりも、受け入れることのほうが案外難しかったりします。

というのも世の中には正確さを推奨する一方で、曖昧な部分が残っていることも結構あります。

 

仕事においても正確さばかりを追求しすぎると、かえってやりにくくなるという矛盾も起こり得るのです。特に日本では。

 

正確さと曖昧さが混ざり合って納得できない場面がおとずれた時に、自分がどのように対応していくのかが重要であり、またそこをうまく切り抜けられる人は人付き合いが上手だったり、仕事で成果を残している人が多いです。

 

オーストリアの精神学者であるジークムント・フロイトという人は

「大人になる(成熟する)という事は、曖昧さを受け入れる能力を持つこと」

と言っています。

 

白黒はっきり付けることも大事です。

しかしグレーゾーンも存在する以上、その曖昧さと上手く付き合っていく柔軟性を持ちあわせることが現段階での働き方に適しているようにも感じる今日この頃です。

Sponsored Link
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*